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思わず「三菱大夕張炭鉱病院」を思い浮かべた

今日、約20日間ほど入院生活を過ごした「松田整形外科記念病院」から
退院の許可が担当医から頂きました。
最新の医療技術は回復期間も、こんな早いのかと自身の事ながら
他人事の様に話を聞いていた。

自分の病院生活のスタートは、それこそ大夕張炭鉱病院でした
確か親父亡き後に、お袋が病院事務で私達家族の生活を細い体で
一生懸命に支えてくれていました。

往時の炭鉱病院は大夕張炭鉱の本部へ繋がるメインストリートに
大きく広がる前岳にも負けないような大きな翼を広げた様な
イメージで子供の眼に映り込んでいた

記憶が正しければ、その正面玄関わきに病院事務室があったはず
そして、ここには「HPふるさと大夕張」の管理者の飯田さんの父上も
ご存命時には薬剤師さんとして山の生活のお薬を出されていたところです

今は売れ筋の小説家としてつとに有名な渡辺淳一氏が往時の大夕張炭鉱病院に
派遣医として来ていたそうですが、純粋な仕事はそれなりにこなして
多くの時間を著作に費やしていたそうですから、下地は大夕張で育まれたと
言っても強ち間違いではないでしょう~ね、そしてもう一人の小説家が
大夕張明石町からお出になっていますね近年の直木賞作家「佐々木 譲氏」

私も数冊読んでいましたが清水沢や大夕張をモチーフにした作品で確か受賞された
はずだと思います。
佐々木氏はその他にモーターサイクル系の会社に勤務したのでしょう
バイクと北海道をモチーフにされた小品も多く出版されてるので又読み返そうか・

大夕張は本当に狭い山間、でも生きて生き抜いた人々と
儚くも骸となった人も、それぞれが無垢に生きました

駆け引きが無いんですよ、心根がみんな優しい、
言葉の連帯とか、そんな蓮っ葉なことじゃ現せない
熱く濃密な短い時間の中で燃焼し尽した人の生きた街です

それが「大夕張」です

自分たちは町が消えようと、そこに生き抜いた
人々の核心に少しでも近づいて変わらぬ哲学を伝えたいと思うのです
2014年どんな大夕張が見えるのか・・

by road7hiro | 2013-12-12 18:18 | 故郷